「猿面邪鬼と産土の神々」
(さるめんじゃきとうぶすなのかみがみ)

日嘉まり子


他愛もないことではあるが、夜見た夢と現実に起こった小事件との関わりを書くことにしよう。
どちらの話にも猿と、神社に集まる手長姫と手長男の神々が登場する。
2匹の兄弟猿と日本の神々に姿を変えた邪鬼は、人間の寂しい欲に乗じて心の中に入り込み、敵にも味方にもなってこちらを蹂躙するのだ。

とある神社に雅楽の師を求めて参拝した。
拍手の鳴りが、中がスカスカの木片を打ち鳴らしているようで心もとなく聞こえるのでいぶかしく思った.。
その夜、夢の中に神社が現れ、背中に邪鬼のあざ笑うような気配が張り付き、はがすのに渾身の力を必要とした。
要注意人物!警戒警報発令!
いつも突発的に来る風圧の渦巻の切れ端を感じるために、入り口あたりで応戦するのだ。


次の夜の夢の中で、邪鬼の顔のはりついた弟猿が現れた。
演奏で使用する赤いオカリ−ナを持って逃げる弟猿を追いかけたがとうとう逃げられてしまった。
今回の弟猿は、やはりことの運びが失敗することになった情況の説明だけはうまいあの男だった。
コンサートは延期になったが、かえって準備期間がたっぷりとれて良かった。


1月ほど後、ある島に居住する兄猿から、塩と鯨の肉が送られてきた。
猿岩の写真まで添えてある。
島へおもむくと、兄猿が、白緑顔の村長と3人の手長姫と1人の手長男を背後に連れて迎えに出てきた。
しきりにあけび酒を飲まそうとする。
飲むと見せかけ後手に捨てていた。
見るとみずらを結った味方の軍勢が今や遅しとひかえている。
稚気あふれる騒々しい猿踊りの中で、兄猿の老獪な舌と指があや取りをしている。
その怪しい兄猿集団が作るさそい風を、味方の軍勢の剣が切り捨てている。


猿は小手先のもめごとを持ちこみ、起爆剤を与えてくれるのだが、当初の感情は生々しい悪意である。



「猿面邪鬼と産土の神々」後日談

祖先は博学にして武勇にも優れ、どことなく気品を漂わせた、まだ世のかけひきに汚れていない私の中の生まれたばかりの17才ほどの美青年に、土の笛の手ほどきをして見たいものである。
音の足腰の切れもよく、秘めた激情がまだ蒼くそそと吹き出るばかり。
体験もないのに、祖先から伝わるものごとの道理をわきまえており、すべてにおいて鋭くすばやいのである。
指さばきは、3年もしないうちに世の誰よりも美しく優れ、音色は7年も経たないうちに矢となって相手に傷を負わすことなく突き刺さる程になり、相手の中で受精した音命が、今まで見たことも聞いた事もないような音色に変化し、一生かけて7つの虹色、または虹色のどれかまたはいくつかの虹色の組み合わせの音色に成長するのである。
慕わしい研ぎ澄まされた青年よ、いまだに増え続けている猿面邪鬼に音の太刀を!

猿面邪鬼にのっとられた男は、普段は人間をしているが、物事が上手く行くか、行かないかと言う危うい地点に立たされた時、突如として弟猿になる。
言葉づかいは普段より早くなり、悪知恵がよどみなく働くようになる。
鈍感な同僚か部下をあやつり、物事の運びを中断させてあざ笑うのである。
中断した催しが苦心惨憺の末回復すると、猿面邪鬼はその男から去るので、何も知らない男は無邪気なまま良い席に付くのである。
こう言うことを7回ばかり続けると、さすがに男の顔は猿面邪鬼に似てくる。
明後日、弟猿とあの道ででくわすことになるだろう。


とある島の兄猿は初めから計算高い老猿である。
休日には、海をのぞきこんで大章魚をからかい、いぼを取って食っている。
酒気をおびていて、海中に引き込まれたこともあるが、兄猿を死なせては面白くない猿面邪鬼から助けられた。
つまり、ものすごい腕力が沸いてきて大章魚を引き千切ったのである。
不気味だが、ヒヒヒヒと笑うとついて行く人間が何人かいる。
兄猿にものごとを頼むと最後の最後にどんでん返しが来る。
根っからの海賊なのだ。
もらった塩も鯨も美味であったが、味方の軍勢の倉から盗まれたものだ。
味方が野営している丘まで行くには、この兄猿に投げつけるまき餌が必要である。
とんだ黄泉比良坂だ。
直接のまき餌だと、にんまりして全部自分の懐にしてしまうからもともこもない。
やってくる月日を待つことにする。

(以後つづく)


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