奇奇怪怪

加護 ユリ


「こんにちは」
「こんにちは」
「昔から背の高い男性に惹かれたんですか」
「昔って百年前ですか? それとも千年前?」
「あいだをとって五百年前......」
「あれは蒼い彗星を傷つけた夜....」
「そのころから人でなしだったんですね」
「もちろん。あ、さきほどの答えは、いいえ、です。
どちらかというと小柄な人に好感を抱いてました」
「なるほど。いくつになってもチャーミングな人が多いですね。
ああ、震える塔の彼方から砂嵐が近づいています。不吉ですね」
「私にとっては吉兆です。葬儀屋と恋に落ちたのは震度6の地震の直後でした」
「天変地異が恋に落ちる前兆とは禍禍(まがまが)しいですね。震源地は魔界ですか」
「魔界の龍脈は乱れません。葬儀屋は特別です」
「はて、面妖な。三角形を二つ組み合わせた六角形で蝶の群が飛んできます。 次の恋の前触れですか」
「次というのはありえません。彼は特別と云ったでしょう? この世で最後の恋でした」
「過去形ですね」
「不本意な終末を迎えたので」
「芥川トリビュート本『蜘蛛の糸』にも葬儀屋が登場したのは意外でした」
「最初は『地獄変』をモティーフに芸術至上主義の散文詩を予定していましたが 予定はあくまで予定ということで。叙情詩『相聞』と短編『奇怪な再会』 にインスパイアされたものです。葬儀屋の詩を血に飢えた吸血鬼のように書き 続けていますが、冷静に彼を描写しているのは『水無月の棺』だけで、他は全部、 恋に現(うつつ)を抜かしたシュールな自画像ですね」
「いま一番したいことは?」
「瞬きひとつせず彼のまぼろしを見つめていたい」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」


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