うろくずやかた
            ―人魚のひめ―



上り下りの 隅田川
あやめも見えぬ やかた船
花さしおいて ゆく鳥の
水から上がる 人魚たち
うろこは濡れて 灯を映す

夜店つらなる ほおづき市
紅い火ともる ぼんぼりに
まなざし あおく 海の色
華紺色に 燃えてゆく

藤紫の 黎明に
沖にたゆたう 灯籠は
ほおづき 夜店の 赤い実か
帰る海つ路 おぼつかず

船は行きかう 築地の市場
ふたをあげれば 多なる人魚
男も女も 打ちかさね
網にかかった 沖の魚
はや売りさばく せりの声
鮮魚の人魚 買うために
築地へ急ぐ 朝の坂

真昼 遠浅 夏の雲
眠る男の 腹ばいに
尾ひれ腹びれ 虹色の
水に溶かして 揺れやまず
茫洋の陽の 弧をえがく
 
 
* * *
燃え落ちてゆく 空の炉の 黄金にのたうつ 川の瀬の いとおし 兄は 行方も知れず 迷路踏み込む 街の中 いずれ うつつか いずれが夢か 寄せては返す 罠の色 桃色の舌 這わせて貝は 白い砂地に もぐり込む 砕け散る水 水晶の 水泡 虹泡 真珠母色 あひみての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思わざり 魚の半身 なまめかし 氷のまなざし 炎と燃えて あれ兄にして 恋人の 皓いかいなの 差しまねく 波の下なる うろくず館 ゆめに出逢うは 死者ばかり 霧の海辺に 人群れる 地引きの網に からまれて はだかの少女の 水死体 水泡の 冠 煌々し 華やぎ曇る うみの空 漁師の小屋に 眠り入る くすりを飲んで 幻影の 虜となりて はや久し 崩れる水の その下に 遠き都の あるや なしや 太平洋を 回帰する さかなの 群れの 影うつす 紅蓮の炎 空の華 逆巻き燃える 夜の闇の 夜目にも しろく 呼ぶ声は 孔雀の石の 北海の いとこの 人魚の 皓いうで ふりあげ まねく 波の間に 水泡の底に 沈め ゆめ



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